浪江町視察

今日は朝6時に戸塚を出発し、福島県浪江町へ視察に行ってきました。民主党神奈川第5区総支部の常任幹事と所属議員の各事務所からの参加者バス1台での開催です。浪江町と言えば、田中けいしゅう前衆議院議員のご生家もあり、田中先生としても大変心痛む被災状況です。私自身は東日本震災後、宮城県東松山市や石巻市、福島県いわき市などの被災地の復旧手伝いや視察をさせて頂きましたが、今回は帰宅困難地域で、町に入る為に規制もあり、放射線量の高い地域も含んでいる浪江町を視察させて頂きました。先ず、二本松市にこの4月に開設しました浪江町二本松事務所に立ち寄りました。この庁舎にて、浪江町馬場町長へ義捐金、カンパ金、衣類などを御渡しさせて頂きました。


この庁舎より、馬場町長、渡邉副町長にもバスに乗車頂き、いよいよ浪江町へ向けて出発です。途中の峠では、20μ㏜を超える線量もバス車内で確認出来、所々にマイクロスポットが存在し、バス車内でも10μ㏜を超えることも多くありました。

規制中のゲートの先には、2万人が生活していた浪江町があり、東日本大震災発生翌日の3月12日に福島第一原発の事故を報道で知り、その後、町を出ざるを得ない状況となり、町から人が居なくなったままの状態がありました。生活の音が無いとこれ程までに静かなのかと思うほどです。ただ、浪江町役場内では、復旧と帰町に向けて、現地での作業を進めておられる方もおります。一日も早く、町に人が戻れるような国としての取り組みが必要です。なかなか進まない除染作業、また、我々神奈川県としても支援できていない瓦礫の処理問題は深刻です。この先、町の再生の為に、我々で出来ることを確りと考えながらの活動が益々重要になってくると感じました。






請戸地区は津波被害を受け、ほとんどの建物が流されてしまった町です。渡邉町長のご自宅もこちらにあったのが、流され基礎だけになっておりました。また、請戸小学校も視させていただきましたが、こちらは、地震後に先生の判断で、学校を後にし、1.5㎞離れた山に避難され全員が無事だった学校ですが、学校周辺の町は跡形もなく消え、学校内では、津波が押し寄せ、電気が途切れた時間を全教室の時計が示しておりました。また、黒板には翌週の日付3月14日(月)と書かれており、下校準備していた様子も感じ取れました。更に、体育館には卒業証書授与式の横断幕などもそのままの状態で、色々と準備されていたままの状態で、正に時はあの日で止まったままです。
今回、規制中のエリアを視察出来、復旧・復興の言葉を簡単に使っていることに申し訳なく感じ、ただ、現地を視てこそやるべきことも判ったと思いますので、今後の活動をより被災地目線で考えていきたいと思います。
一日の強行軍でしたが、浪江町の皆様対応頂きましてありがとうございました。

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